2015年1月31日土曜日

Rodaは魂のたき火



最近ふっと思ったことでもないですが
サンバ歌ったりカヴァキーニョ弾いたり
しているとなんと言いますか

「感覚」?

ロックやってた時は
ベース弾いたりギター弾いたりしながら
まぁ歌っていたわけなんですが

歌ったり弾いたりする感覚が
戻りつつあるような

「錯覚」?

ゞ(TεT;)ブッ

いや錯覚だったらいかんのですが
少しずつでも何かしら繋がっているような
そんな気がします

とは言えカラダに染みこんだ曲は
DeixaAcontecer、JogoDeSeducao
E hoje、A Voz Do Morro くらい...

少ないよね....トホホ

ポルトガル語が話せないけども
前よりも耳に残るような感じとか
デェジに教えてもらった事を
気にしながら歌を練習したり

パゴーヂと言うのは
音楽のようで音楽じゃない
まぁいわゆるパゴーヂという
やり方と言うかコミュニケーション
みたいなものと言うか
ただ沢山サンバ曲を知ってて歌えれば良い
そういうボキャブラリーが必要なんだけども
もっとこう何か違うことのような
そんな気がします

大阪パゴーヂ行った時も思ったんですが
みんなのエネルギーがそこに集まって
どんどん高まっていくような

言うなら「たき火」のような感じ

ジャンベ叩いてた頃
フォリカンのイベント行って
たき火の周りをみんなで周りながら
音楽ののって歌ってみたいな
狂気ではないハイテンション

「ホーダは宇宙だ」みたいな事を
聞いたことあるけど
カポエイラでも同じ事を感じたし
サンバやパゴーヂもやはり同じような
「魂のたき火」的なモノじゃないかな

そこに深い意味とかいろいろ考えすぎないで
たき火するだけで良いんだよね

だってたき火やキャンプファイヤーに
意味なんてないもんね

なんかみんなが集まって暗くなって
火をおこすのは古来から人間だけが
続けている行為だもんね

まぁ意味はないけども
キャンプファイヤーやたき火ってね
燃え上がらせるか木のくみ上げ方や
どういうタイミングで木たしていくかとかで
良い炎になるんだって
サンバジホーダ、パゴーヂでも
どんな仲間たちが集まって
どんな曲からはじめて
どんな風に繋いでいくかとか
そういうのが面白かったりね





前にバンド仲間の家でBBQやってたら
親父さんが一緒に参加してくれて
「あー火が恋しいねぇ」って言ってたのを
たまに思い出す
その親父さん自己破産するんだって

人生は楽しいことだけじゃなくて
いろんな辛い事や悲しい事が沢山あります
そんな時はみんなで集まって
たき火をして火を囲んで歌おうよ

そして





(ノ゚ο゚)ノ 火の後始末は念入りにー!


えーーーーーっと何の話だっけ?





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